醜形恐怖症は改善する!悩みを手放して自由に生きよう!

自己啓発

初めましての方は初めまして。そうじゃない方はこんにちは。ゆううたです。

実はわたくし本日が33回目の誕生日という事で、その半生を要所要所で振り返りながら、せっかくこのブログに辿り着いて下さった皆様に、この人生で学んだ事を記事にしてシェアしたいと思います。

表面上は特に何の波風も立たない凪の様な人生でしたが、精神世界では様々な悩みに苛まれ、まるでエヴァ最終話の様にずーっと自問自答してきました。それを自分一人で抱えていてももったいないので、このブログで何か一つでも皆さんの人生に有益な情報が捻りだせることを自分に期待します。

悩んでいる方のそばに寄り添えるといいな。

では、少々長くなるかもしれませんが、お付き合いよろしくお願いします。

自分は醜形恐怖症かも?

確定診断を受けたわけではないのでそうではないとは思いますが、私は人生の半分ほどを醜形恐怖症気味に過ごしていました。

醜形恐怖症(身体醜形障害とも呼ばれます)では、実際には存在しない外見上の欠点やささいな外見上の欠点にとらわれることで、多大な苦痛が生じたり、日常生活に支障をきたしたりします。

出典:MSDマニュアル家庭版/心の健康問題/強迫症および関連症群/醜形恐怖症

元々生まれた時から可愛い顔をしていた(らしい)私は、周りから愛されて育ちました。

私はあまり自分の事に興味がなかったようで、中学生になってもそんなに自分の外見について考えたこともありませんでしたが、それはいわゆる顕在意識的な話で、潜在意識では「自分のアイデンティティは外見にある」となっていたような気がします。

そんな潜在意識が顕在化したのは高校1年生の頃でした。女子から「きれいな二重だね」と言われていた目が、原因は分かりませんが突然片目だけ一重になった時です。正直今振り返るとなぜあんなにも気分が落ち込んだのかと思いますが、「せっかく褒めてもらえたのにもったいない」「褒められない自分に価値はない」と自己卑下していたことは強烈に覚えています。

結局、当時通販で購入できた二重にするクリーム(接着剤みたいな感じ)をつけてなんとか二重に戻ったので、その問題はこれで解決したのですが、この後、最近まで15年以上悩まされる問題に直面したのでした。

それは高校2年生の頃、部活帰りにコンビニへ寄り、トイレを済ませて鏡を見た時の事です。「あれ?頭皮が透けてないか?」と自分の毛量に違和感を感じたのです。始まりはおそらくそんな感じだったと思います。その後だんだん真綿で絞められていくように、灰色の人生が始まりました。

もともとそんなに毛量が多いわけではなく、女性の様に細い髪だったので、おそらく見え方によって薄く見えただけだったと思います。しかし実際の見え方と、自分の色眼鏡を通して見る自分には隔たりがあったのでしょう。この時あたりから私は、「自分はハゲているんだ」「外見が悪くなった自分には価値がないんだ」とふさぎ込むようになったのです。

コンプレックスに執着していた頃

その後、若干不登校気味にはなりましたが、何とか高校を卒業をし、大学進学のために浪人になることを選びました。しかしこの時の私は、「もう自分には価値はない」「大学に入学してもこの人生に意味がない」と思っていました。しかし、他に選択肢はなかったため、自分の心で捻りだした答えは「髪の毛が生えてから本当の人生が始まる」「今の人生は仮のものだから髪が生えるまでは頑張ろう」でした。自分の心をころして生きることを決めたのです。

私のハゲ方は全体的に薄くなる感じ(ストレスか何かで実際にちょっとずつ薄くなっていたような気がします)だったので、いわゆるAGA型ではなく、薬はありませんでした。まぁその当時はそもそも情報が少なく、薬の服用は嫌だったのでどちらにせよ、薬は使用していなかったと思います。そこで使用を決めたのが、いわゆる「ふりかけ」のような商品でした。

私が使用していたのはスプレー型で、毎朝頭頂部や気になる部分にスプレーしてごまかしながら登校し、何とか大学に入学することができました。スプレーのおかげでギリギリ外出することはできましたが、やはり風呂上がりの姿を見ると、気分が深く落ち込み、何度も自己否定を繰り返しました。

毎朝絶対に欠かさずスプレーを振ることでなんとか大学生活を送りましたが、いつでも髪の毛の事ばかり考えていて、まさに「仮の人生」になっていました。本来の自分らしく振舞うこともできず、一方で髪の毛の事も諦めてしまうこともできませんでした。そんな状態だったので、自分の将来について考えることもできず、就活はほぼせず、親には公務員試験を受けるという事で、卒業後は実家に帰ることにしました。

県外の大学に行っていたのですが、帰省してからは連絡先をほぼ全てリセットして、周りに知り合いのいない環境にしました。その結果、髪の毛に対する悩みは一時的に弱まり、スプレーをしなくても外出できるようになりました。もともと公務員になるつもりもなかった私はフリーターになり、この頃はあまり髪の毛のことで悩むこともなくなりました。前向きになった部分もありますが、この時はどちらかというと、解決ではなく、「仮の人生」への完全な逃避、あるいは人生自体の諦めだったように思います。

しかし、人間関係が構築されていき「もっと自分の人生を良くしたい」と思った時に再び「髪が薄くて価値のない」自分と直面することになるのでした。こんな自分では何も楽しめない、何をやっても無駄だ…という自分の中の声。ここでも私は薬を使用するのが嫌だったので、違う方法で解決できるようなアプローチをしました。それが、引き寄せの法則などのスピリチュアルでした。

毎日紙に「私は髪の毛がふさふさになる」と書き続け、その状態を臨場感を持ってイメージして、それが叶ったように振舞う…これを続けました。すぐに効果が出ないと、次は苫米地英人やルータイス等の潜在意識の書き換えをやってみたりもしました。高額な教材を買ってみたりもしました。知識は深まりましたが、願っていた効果は出ませんでした。

執着を手放すと

正直もういいやと思いました。これだけ15年以上色々悩んで捨てて努力しても手に入らないならもういいやとなぜかふと思えたのです。これが今年に入ってからだと思います。

その後、なぜかyoutubeで薄毛に関する動画が目につき、存在自体は知っていたのですが、今まで使ってこなかった薬を使ってみようと思いました。もうどうせ生えてこないんだろうけど、とりあえずやってみるかと。その結果、現在3か月程度の使用なのですが、確実に増えてきました。あっけないものです。

そういえば、スピリチュアルに傾倒していた時に、「手放しの法則」なんてものがあったような気がします。それは確か「執着している問題自体を諦める」みたいな感じでしたが、その時は、薄毛を本気でどうにかしたいと思っていたので、意味が分からず無視していたのでした。

しかし、結局は執着を捨てて、コンプレックスに対して降伏したことが良かったのかもしれません。

逆説的かもしれませんが、コンプレックスがコンプレックスたり得るのは、自分がそれをコンプレックスであると認識していることが原因だと思うからです。

現状は生えてきている状態なので心が落ち着いているだけかもしれませんし、人間関係をほぼ断っているので、そのせいかもしれません。

しかし、今はもう外見のコンプレックスで悩むことはないんじゃないかという確信を持っています。悩んでもすぐにそれを手放せるような気がします。

終わりに

構成も考えずにつらつらと書き綴ってみたものの、捻り出てきたのは「諦めろ」でした。なんだか申し訳ございません。この世には私なんかよりもっと苦しんでいる人がいるでしょう。そんな人に軽々と「諦めろ」とは言えません。

しかし、私がコンプレックスの解決を「諦めた」ことで、解決の糸口が見えたのも事実です。

今後も色々と、私の体験した情報で、誰かのお悩みの解決のきっかけになれたらと思います。

ありがとうございました。

 

 

 

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