どうも!管理人のジャモージさんです。
2022年10月16日開催「東京レガシーハーフマラソン」に出場した、東京パラリンピック金メダリスト・道下美里さんの伴走者(ガイドランナー)・志田淳さんが話題になっています。
どうやら伴走者である志田淳さんが道下美里さんよりも先にゴールラインを越えてしまい、失格となってしまったようです。
世界記録を上回る1時間23分24秒というタイムだったという事もあり、とても悲しい結果になってしまいました。
道下がゴールした時間帯は大勢の市民ランナーがゴールに押し寄せ、現場は混乱していた。通常の大会では外側レーンからゴールするが、ゴールは内側レーンになるという案内が、志田さんには「聞こえなかった」。結局ゴール位置が分からず、失格になってしまった。事前に選手、伴走者にゴールについての説明はなかった。レース後に大会運営に問い合わせ、ゴール位置は当日の混雑状況などを鑑みて決めることになっていたことを知った。
引用:デイリー
ただこの記事を読む限りでは、もちろん志田淳さんにもミスはあったのでしょうが、運営側にも若干落ち度はあるような気がしますね…
まぁなんせその辺の問題は今後究明されて改善されることを願うとして、今回は志田淳さんの年齢などのプロフィールや経歴について調べてwiki風にまとめていますので、早速どうぞ!
【志田淳】wiki風経歴プロフィール経歴【マラソン/伴走者/ガイドランナー】
年齢:1973年生まれ(49歳)
出身地:東京都
学歴:東海大学(工学部)卒
志田淳さんは高校2年生から長距離を始め、一般入試で入学した東海大学でも陸上部に所属し、2年生から4年生まで3年連続で箱根駅伝に出場しています。
1995年「第71回大会」:10区(1時間07分29秒、区間5位)
1996年「第72回大会」:2区(1時間12分07秒、区間14位)
1997年「第73回大会」:7区(1時間05分22秒、区間6位)
東海大学卒業後はNECの実業団に所属。
長距離ランナーとして練習を重ね、「東日本実業団選手権・20000m」で何度か入賞され、「世界ハーフマラソン選手権(メキシコベラクルス大会)」の日本代表にも選出されています。
現役を引退してから5年後、知人の紹介でアテネパラリンピック金メダリスト・高橋勇市選手の伴走を依頼されたことがきっかけで、伴走者としての道を歩み始めることになります。
2008年「北京パラリンピック」高橋勇市選手
2012年「ロンドンパラリンピック」和田伸也選手(5位)
2021年「東京パラリンピック」道下美里(1位)
志田淳さんの伴走者としてのキャリアは14年と結構なベテランであることがわかります。
現在のパートナーである道下美里さんとの出会いは2016年「リオパラリンピック」。
直前合宿の際に道下美里さんの伴走者が故障してしまい、急遽コーチとして参加していた志田淳さんが伴走を務めたところ好感触だったらしく、それ以来ずっと道下美里さんの伴走者を務めているようです。
道下美里さんは「ガイドランナー次第で結果が変わってくる」と発言されていて、志田淳さんを”洞察力が高く、勝つためには欠かせない存在”と評されています。
ちなみに「リオパラリンピック」は故障していた伴走者の方が復帰したとの事で、志田淳さんは参加はされていません(道下美里さんは2位)。
次の「パリパラリンピック」に向けて現在もトレーニングを続けているという志田淳さん。
今後の活躍に期待ですね!
ではまた。
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